2014年3月31日月曜日

ある日突然降って湧いたカンボジアで「ロボコン」!?=その4 (16)~(20)

★.(最新の学生たちのロボット制作の模様)
https://www.facebook.com/photo.php?v=724404837593130&set=vb.647052058661742&type=2&theater



JB Press 2014.03.24(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40225

日本人は貧乏性?
 「楽しむ」という初心に返った日カンボジア人の笑顔が気づかせてくれたこと
~カンボジアでロボコン!?(16)

 第1回カンボジア大学対抗ロボットコンテスト(以下ロボコン)まで、この原稿を書いている時点で2週間を切っている。

 しかし・・・本当にこれでいいのだろうか?

■「日本ほど忙しくない」状況に、かえって気持ちが焦る

 日本でこれほどのイベントの2週間前なら、打ち合わせの連続で、ほぼ毎日終電帰宅の状態のはずだ。

 勿論、残業はしている。
 家に帰ってからでもずっといろいろな連絡をしているし、土日も家に持ち帰って仕事はしている。
 だからといって、日本で経験したような「とんでもない忙しさ」とか、スタッフみんながわさわさと働いているというのではない。

 これでいいのだろうか?

 国営テレビ局の副局長、通称“松平の殿様”は確かに忙しそうだ。
 私が大枠のプランを考え、殿様と討議する。
 2人で考えたことを具体的に形に落としていくのは、すべて殿様の仕事になる。
 なぜなら、私はクメール語が話せないからだ。

 私が台本を書く。
 でもその台本は英語だ。
 全スタッフに理解させるにはクメール語にしなければならない。
 だから、それを翻訳するのも殿様の仕事になる。

 美術の担当者を呼んで、スタジオにどういうセットを組むかを指示するのも殿様の仕事だし、参加者に渡す賞状の文言を考えるのも、優勝者に渡すトロフィーに刻む文言も、すべて殿様が考えて発注しなければならない。

 なぜこんなに殿様が孤軍奮闘しなければならないかというと、カンボジアの国営テレビ局では、日本のテレビ局の中にあるような、美術部や技術部といった部署がまだまだプロとしての組織になってはいないからだ。


●スタジオセット図はこんなに簡単(写真提供:筆者、以下同)

 例えば、日本でスタジオセットを組むとなると、きちんとした縮尺で作成した設計図である「青図」を引く。
 でも、ここではどうもそんなものは作らないらしい。

 殿様がクメール語で説明しながら、ささっと見取り図みたいなものを書く。
 「ここが1メートル、こっちが1.5メートル」などとクメール語で説明をする。
 「分かった?」と聞いているような殿様の素振りがある。担当者はうなずく。

 以上である。

 撮影技術のことで言えば、台本には当然ながら「カメラ割り」(会場にある数台のカメラがそれぞれどのようなものを撮影するか、その狙いを書き込み、予め台本上で分かるようにしておくこと)を入れなければいけない、というのが日本のスタジオ撮影の常識である。

 だから、私は自分が英語で書いた台本を殿様がクメール語に訳し終えたら、それを一緒にやろうと提案した。

 でも殿様はこう答えたのだ。

 「ジュンコさん、私はカメラ割りの重要性はよく分かっています。
 でも残念ながら、カメラ割りを台本に書いても、誰も見ませんし、恐らく理解できません。
 だからカメラ割りは要りません」

 え~? でも殿様、何台ものカメラが勝手に自分の撮りたいものを撮影しちゃったら困るじゃない。
 どうするの?

 「それは、スイッチャー(複数のカメラマンが撮影している映像の切り替えを行う人)が指示を出します。
 それしか、彼らは理解できません」

 うーん、そんなことで大丈夫なのかなぁ・・・。
 カンボジア人の「なんとかなる」主義に不安が募るテストラン

 番組を作るというのは、それぞれの頭のなかにあるイメージを具体化していく作業だ。
 日本では青図や台本といったもので、いろいろなセクションで働く大勢のスタッフが共通の認識やイメージを持てるように、非常に細かい準備をしていくのがこの時期なのである。


●番組および運営スタッフと参加大学教員たち。手前は“松平の殿様”

 ところが、どうやらカンボジアでは、そういうことは「なんとなく」決めて、当日「なんとかしちゃおう」、いや「恐らくなんとかなる」ということらしいのである。

 ものすごく心配だ。

 そして、私の心配は「予選」が行われる3月15日にピークに達した。

 そもそも大会の2週間前には、参加チームを絞り込むための「予選」を、本番の会場である国営テレビ局のスタジオでやろうと計画していたのだ。
 しかし、ロボット制作のためのパーツ調達が大幅に遅れたために、「予選」としての体裁が整わなくなってしまった。

 そこで内容を少し変更して、参加する学生にとっては、本番と同じ条件でロボットをテストするテストランの場とし、自分たちが作ったロボットの修正ポイントの確認をしてもらう。

 そして、大会運営委員の母体となっている各大学の指導教員たちにその様子を見せて、今考えているルールを実践して問題がないかどうかをチェックし、テストランの後にルールの最終決定をしてもらう場とする。

 さらに、国営テレビ局側にとっては、技術、美術、制作などのチームがどのようなことを本番でしなければならないのかを確認し、本番までにどのような準備が必要かを考える場にしようということにしたのである。

 とにかく、参加学生、運営委員会、テレビ局それぞれの課題が違うのである。
 それぞれが自分の課題を自分たちで意識して、この「予選」で答えを出してもらう場なのだし、出してくれないと本番までに何も進まないのだ。


●ロボットがうまく走らず、プログラムを書き直す学生

 例えば、テレビ局の照明。
 照明は本番と同じ明るさにしてくれないと、本番に出場する学生たちが困る。

 というのも、ロボットは競技盤上の白いラインをセンサーが読み取って動く。
 そのセンサーに当日の照明がどのような影響を及ぼすかのチェックもしなければならないのだ。

 ところが、私が何度「スタジオの照明を当日と同じにしてくれ」と言っても、どんよりと暗いままで明かりを上げてくれない。

 照明マンにとっては、
 「本番じゃないのに、明かりを上げる必要ないじゃない。電気代高いんだし」
ということらしく、テストランの途中でさらに照明を暗くしようする。

 「ダメだ!」
と言って、ようやく元には戻させたのだが、やはり当日の照明には最後までしてもらえなかった。

 それから、それぞれのロボットの速さを表示するための「秒数表示」画面。
 プノンペンで日系企業のIT技術者として働き、自ら学生を集めてチームを作って参加してくれることにもなった鈴木徹郎さんが、自分のパソコンで作ってくれていた。

 それを会場でモニター表示するためにどんなコネクターが必要なのかをチェックする必要がある。
 だから私はスタジオ技術者を呼んでおいてほしいとお願いしていた。

 ところが、スタジオ技術者は自分は撮影のことしか分からない、と言う。
 他のスタッフはパソコンにコネクターをつければ大丈夫と楽観的なことを言う。

 殿様に、
 「本当にモニターにアウトできるかどうか心配だから、ちゃんとチェックできる人を呼んで」
と私は訴えた。
 しかし、結局
 「大きいモニターは前日にレンタルして搬入だから、それまでは実物でチェックはできない」
ということになった。

 他にも、ルールのこと、ピットスペース(学生がロボットを最終調整したり、バッテリーチャージしたりする場所)のこと、学生たちの入退場の動線・・・。

 チェックし、共有しなければいけないことが山ほどあるのだ。
 それはコンテストの運営と、テレビ撮影というイベントの連動には不可欠のことなのに、どうもそのあたりの認識を誰も持っていないのである。

■カンボジアのロボコンは誰のものか

 うーん・・・と頭を抱えながら、ふとテストランをしている学生たちを見る。

 うまく走っているロボット。
 スタートから躓いてしまうロボット。
 スピードは速いのに、速すぎてコースラインから外れてしまうロボット。
 学生も、テレビ局の職員も、学生たちを指導する先生たちも、たくさんの人が競技盤を取り囲んで、そんないじらしいロボットたちをじっと見つめている。

 そこにあるのは笑顔だった。
 実に楽しそうな笑顔でみんながロボットたちを見守っている。

 学生たちは勿論のこと、盤上を走るロボットを初めて見た殿様も、さきほど私の言うことを聞いてくれなかった照明マンも、そして恐らくテレビ局の職員の家族なのであろう、見知らぬ子供たちも・・・。
 そんな彼らの笑顔がふと私に思い出させてくれた。


●ロボットを見守るみんなが笑顔だった

 なぜ私がロボコンをカンボジアでやってみようと思ったんだっけ?

 面白そうだ。
 ただそれだけだったじゃない?

 そして今、目の前で繰り広げられているこの光景は、実に面白そうで、皆が楽しんでいるじゃないか。

 だったら、それでいいんじゃないか? 
 私が一人で気を揉んで、日本でやったように、きちんとやろう、綺麗にやろう、と思っても、それは日本人である私の価値観を彼らに押し付けているだけなのかもしれない。

 カンボジア人には、カンボジア人のやり方や流儀がある。
 そのやり方に寄り添って、一緒に楽しめばいいではないか。

 これは「カンボジア・ロボコン」だ。
 私のロボコンじゃない。
 彼らのロボコンだ。
 彼らのロボコンにするためにも、ちょっと肩の力を抜いて、私も一緒に楽しもう。

 それでいいんじゃないか? 
 たぶん、それでいいのだ。

 彼らのロボコンまで、あと2週間!



JB Press 2014.03.31(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40284

“松平の殿様”の働きぶりは意外性の宝庫
「待つ」ことも大事な異文化間の共同作業
~カンボジアでロボコン!?(17)

  第1回大学対抗カンボジア・ロボットコンテスト(以下ロボコン)まで、この原稿を書いている時点であと6日しかない。

 ここまで時間が迫っているのに、なんとなくやっていることがちぐはぐなような気がする。
「式典」を優先するのがカンボジア流?


●ロボコン参加校の1つ、PPI(プレアコソマ工科総合専門学校)で最後の事前取材も無事終了(写真提供:筆者、以下同)

 実は、「予選」が終了した2日後からロボコン開催の1週間前まで、国営テレビ局副局長、通称“松平の殿様”は中国に出張することになっていた。

 この時期に1週間も殿様が海外出張。仕方がないとはいえ、もろもろの作業は殿様なくして他のスタッフにはできない。
 大丈夫なのだろうか・・・?

 とにかく不安なので、出発前日の日曜日、殿様と私は打ち合わせをすることにした。

 当然のことながら、私はコンテストの中味と番組の制作のことばかりが気になる。
 ルールをどうやってテレビ局スタッフに周知させるのか。
 それによってスケジュールを決め、さらには演出プランをどうやって決めるのか。
 コンテスト運営と番組制作の連動をどうやってすり合わせていくのか、などなどである。

 ところが、どうも殿様にとって最も優先されるのは、「式典」としてのロボコンのようなのである。

 以前にも書いたが、カンボジアの式典運営側にとって大事なのは、来てくださるお客様たちに対する心遣いである。
 まあ、分かりやすく言うと「お土産」をどうするかとか、そういうことですね。

 今回のロボコンの場合、殿様の最大の気がかりは、

1. 参加してくれた学生たちに対する記念品
2. 受賞者に渡すトロフィー
3. 参加してくれた学生たちに配る認定証
4. 来てくれたスポンサー、ドナーなどのお客様に対する感謝状

 ちなみに、学生に配る認定証については当初から殿様がずっと気にかけていたと以前も書いたが(「引き算の日本人、足し算のカンボジア人」)、実は、カンボジア社会では就職のときにあらゆる認定証を添付して提出するものなのだそうだ。

 だから認定証は多ければ多いほど良いということなのだ。
 なるほど、殿様がずっとこだわっていたのにはカンボジアなりの理由があったのだ。

 さて、これらを何とか自分が出張から戻る翌週末に間に合わせるように作らなければならない、というのが殿様の最大の懸念なのだ。
 なぜなら、こうした認定証や感謝状には情報大臣のサインが必要だからである。
 情報大臣からのサインがもらえるチャンスは翌週末しかない、と言うのである。

■なかなか肝心の話ができない“殿様”との打ち合わせ

 しかも殿様は、自らロボコンのロゴをデザインしてしまうほどのデザイン好きなのである。

 だから、記念品のペナントだって、受賞者のトロフィーだって、自分で店に足を運んで色やデザインの良い商品を探し、それに自分でロゴや文言などを組み合わせてオリジナルのデザインに仕上げる。
 認定証や感謝状も文言を作るばかりでなく、体裁までイラストレーター(デザイン用ソフトウエア)で作り上げる。

 そして、私に見せるのである。
 「ジュンコさん、どうでしょう。こっちのデザインと、こっちのデザイン、どっちがいいですか?」

 もう、何度も何度も言っているけど、私はどっちでもいいのである。
 それは殿様が決めてどんどん進めてくれて構わない。
 だって、私はカンボジアの人たちがどういうデザインを好むかとか、どういうトロフィーだったら満足するかなんて、分からないんだもん。
 でも殿様は律儀に私に聞いてくる。

 だから話を前に進めるために、殿様が気に入っているらしい方を私も選ぶことにした。
 というのも、こうしたことも早くお店に発注をかけないと、ロボコン当日までに間に合わないからである。

 とはいえ、殿様はまだ迷っているらしく、「ここをもう少しこうすればどうかな?」なんて私に聞きながら、まだ自分で描いたデザインをいじっているのである。
 実に嬉しそうだ。

 結局1時間以上がそれで過ぎてしまい、ようやく納得したらしい殿様は、私にこう言った。
 「ジュンコさん、これでもう大丈夫です。あとはスタッフに発注するように言いますから」

 いや、殿様、もっと大事なスケジュールとか、いろいろな段取りの確認が・・・。

 「それはまだ私も考えている途中だし、政府関係者の出席状況が分からないので、出張から帰ってからにしましょう」
と、殿様。あくまで式典としてのロボコンが優先なのである。

 ということで、殿様は中国に旅立ってしまった。

■コンテスト運営と番組制作の準備に奔走した1週間

 殿様がいない1週間は、もうとにかく私1人でどんどん進めるしかない。
 時間がないのである。
 大学側をとりまとめてくれていた德田さんは任期を終えて先日帰国された。
 平松さんもご家族の都合でロボコンの前に日本に一時帰国されることに以前からなっている。

 最初からこのロボコンを進めてきたのは、私だけになる。
 殿様の関心がどうあれ、周りがどうあれ、もう開き直ってやるしかないのだ。

 まず、コンテストのルールについては、前回の「予選」で全参加大学のコンセンサスを得たものの、ルールを文書化していない。
 文書化しなければ、レフェリーにも、審査員にも、ロボコンを進行する司会者にも、そして番組を収録するスタッフにも混乱が出る。

 さらに、これを決めなければ、大会の細かいスケジュールだって算定できないのだ。
 しかも、参加する学生たちにとっては、英語で書かれているよりもクメール語で書かれている方がいいに決まっている。
 だから、担当のNPIC(カンボジア国立工科専門学校)の先生には、クメール語でルールを作ってもらった。

 しかし、私がチェックするためには、それをさらに英語にする必要がある。
 クメール語と英語のやりとりを何度か経て、結局2度ほど手直ししてもらい、大会1週間前にしてようやく最終的なルールが文書化できた。
 やれやれ、である。

 その他にも、大会の参加学生の人数とチーム数を把握し、各大学から登録してもらう必要がある。

 ロボット制作のためのパーツが大幅に遅れたために、各大学は参加チーム数も直前まで決められなかったのである。
 ようやくこの1週間で参加学生とチームの登録が終了。
 それを基に今度は学生が着用するゼッケンだって作成しなければならないのだ。

 ゼッケンがなければ、会場に来た人にも、番組視聴者にも、どこのチームなのかが分からない。
 しかし、大事なのはゼッケンだけではない。

 コンテスト運営で重要な出走順も決めなければならない。
 例えば、1つの大学からの参加チームばかりがまとまって出走したら、他の大学の学生たちは飽きてしまう。
 だから、それぞれ出場チーム数の違う4つの大学をうまく振り分け、組み合わせて出走順を作り上げた。

 その他、審査員が各賞を審査するための審査基準の作成も必要だ。
 優勝と準優勝は単純に着順のタイムで決まるが、その他「技術賞」「アイデア賞」「デザイン賞」などの受賞チームを審査員に選んでもらわなければならない。
 その審査基準を決めて、審査員が評価点を書き込めるような表も作った。

 最も大事なロボットの速さを表示する秒数カウントシステムの表示の作成は、個人チームを率いるIT技術者の鈴木さんに依頼していた。


●ロボコンの秒数カウント表示を作成したIT技術者の鈴木さんは、自ら学生たちを率いて参加チームも作ってくれている

 先日の予選の様子を見て、最終的にタイムキーパーがスタートとゴールのタイミングでコンピューターを操作し、それが画面に表示されるようなソフトを作ってもらうことに決めた。

 また、ルールの決定に伴い1チーム2分の持ち時間が決定したので、その持ち時間のカウントダウンシステムを音声で流すための効果音は私自身が作り上げた。

 さらに、スポンサーやドナーなどロボコンを応援してくれた人々を大会にご招待する連絡もある。
 そうした方々はほとんど日本人なので、当日それらゲストに対応してもらうお手伝いを青年海外協力隊に頼む、などなど。

 私がこの1週間でやったことは、ロボコンをコンテストとしてつつがなく運営するための最低限の決まりごとを整えて、それを関係者に通達し、共有すること。
 そして、テレビの収録番組(つまりイベント)制作を盛り上げるための演出に関わることだった。

 そして、ようやく殿様が中国から帰ってきた3月第3週目の週末――。

■カンボジア人の進め方にも理由がある

 今度こそは、こうやってまとめたコンテストのルールのこと、スケジュールのこと、番組制作スタッフと大学側のもろもろの情報の共有をどうするかを打ち合わせなければ、と殿様の部屋に向かう。

 殿様は、昨日夜遅く中国から戻ったというのに、既にこの日も朝早くから仕事をしていた。
 本当に働き者なのである。
 そして開口一番、殿様は私にこう言ったのだ。

 「ジュンコさん、中国にいる間に、スタジオでどうやって人が動くかの図をイラストレーターで作りました。見てください」

 へ? 動線? 
 確かに動線は大事だ。
 私も「予選」のときから気になってたんだよね。
 でもそれは、順番としてはルールやスケジュールが決まった後なんだけど。

 しかし、殿様は嬉しそうにイラストレーターで作った動線を私に見せるのである。

 開会式のときの要人の動き、コンテストのときの参加学生たちの入退場の動き、授賞式のときの動きなどなど。
 うーん、確かに間違ってはいないし、必要なんだけど、それはもろもろの大枠の確認が終わってからすることなんだけどなぁ・・・。

 さらに、殿様は私にPC画面上の別のファイルを開けて見せる。

 「ジュンコさん、ゼッケンのデザインもしてみました。見てください」
 え、ゼッケンのデザインも自分でしたの? 
 業者に頼んだんじゃなかったんだ。

 つまり、ゼッケンは参加大学チームごとに番号や大学名が違う。
 だからそのデザインと、生地へのプリントを業者に頼むと、出場チーム数43通りの版下を作るために結構な費用がかかる。

 自分で1つずつイラストレーターでデザインして、その辺の出力屋に持って行ってプリントアウトだけしてもらえば安い、ということらしいのだ。
 なぜ、ゼッケンまで殿様がデザインしていたのか、ようやく私も理解した。

 そしてゼッケン問題も終わりに近づき、やっと私の懸案事項の打ち合わせに入れるかと思ったその時――。
 いつもニコニコしている殿様が、いつになく悲痛な声で私に声をかけた。

 「ジュンコさんが作った出走順とゼッケンを1つずつ照らし合わせて、生徒の名前を入れる当日の確認表を作っているのですが、どうも混乱して数字が合いません・・・」

 というのも、先ほど書いたように私が作った出走順はチーム数が違う大学をうまく振り分けて偏りがないように作り上げているのである。
 どうやら、途中で大学名が合わなくなって、殿様は混乱してしまうらしいのだ。


●殿様が特に気にしていたトロフィーも出来上がった

 「大丈夫、大丈夫。
 殿様、私が表を作ります。
 殿様はまだやることがあるんでしょ? 
 そっちをやってください」

 というわけで、結局その日も、私の懸案事項の打ち合わせまではたどり着けなかったのである。

 つまり、日本で普通にやれることが、カンボジアでは日本の数十倍の手間と時間がかかる。
 そして、カンボジア人と日本人では物事の進め方の順番が違うのだ。

 でも、やるのはカンボジア人たちなんだから、殿様が納得する順番で進め、私はじっと待つしかない。

 ということで、ロボコンまであと6日。
 ガンバレ! 
 働き者の殿様。
 でも彼はまだルールがどうなっているかも実は知らないのである・・・。



JB Press 2014.04.07(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40349

カンボジア流「時間管理」との溝をどう埋める?最初で最後の全体ミーティングが思わぬ難航
カンボジアでロボコン!?(18)

 第1回大学対抗カンボジア・ロボットコンテスト(以下ロボコン)まで残すところあと3日となった3月26日朝。
 ノンペン国際空港に、あのタイのテレビ局MCOTのメンバーたちが再びやって来た!

 振り返ればおよそ1カ月前の2月末、タイ・ロボコンのチーフプロデューサーを務めるジョッキーさんとコーディネイターのニンさんがプノンペンを来訪。
 カンボジア国営テレビ局と、ロボコン参加大学の指導教員たちとそれぞれ打ち合わせしたことで、皆の意識が大きく変わった。

私もロボコンに対する認識を新たにした。


●プノンペン空港に到着したMCOT一行。左から2番目、緑のポロシャツを着ているのがジョッキーさん(撮影:筆者、以下特記のないものは同様)

 その心強い助っ人たちが、今度はテレビ局カメラマンのペッ、タイのロボコンチャンピオンであるトゥラキットバンディット大学インストラクターのトゥン、チームメンバーのテエ、そしてパーツ調達でミラクルな大活躍を見せたあのプイも引き連れて、プノンペンの地に降り立ったのである。

 ちなみに、トゥラキットバンディット大学は、2012年のABU*ロボコン敢闘賞受賞チームでもある。

*アジア太平洋放送連合(Asia-Pacific Broadcasting Union)

 ジョッキーさんはじめ皆の明るい笑顔を見て私はホッとしていた。 
 実は、この3日前の段階になっても、国営テレビ局内では式典の準備ばかりが優先され、肝心のコンテスト本体の準備や情報の共有が全くなされていなかったからである。

■「初めと終わり」だけのスケジュール表

 MCOTのメンバーたちがプノンペンにやって来る前日、国営テレビ局では、ロボコンに関わるすべてのメンバーを集めての初めての会議が行われていた。
 大会4日前にして初めての会議。しかも、副局長である通称“松平の殿様”とアシスタントのボラシー以外、ロボコンとは何なのか、ほとんど誰も知らないのである。

 その会議までに、殿様は私がこれまで準備してきた進行台本やルール、参加大学の詳細をクメール語に翻訳し、(殿様にとっては最も)大事な式典の式次第などすべてを整え皆に説明した。

 しかし、こうした大人数のスタッフや参加者が動くときに徹底されなければならない、当日の全体スケジュールを殿様は発表しない。
 なぜか、開会式のスケジュールと閉会式のスケジュールだけが書かれていて、その間に「コンテスト」と書かれているだけだ。

 コンテストはどんな進行で行われるのか。
 ルール説明はどうするのか。コンテストの細かい進行が書かれていないから、コンテストが始まったら誰がどのような責任を持って動くのかが全く分からないのである。

 私が何度コンテスト自体のスケジュールを発表するように促しても、殿様は「コンテストは当日進行が遅れる可能性もあるから、書いても意味がない」と言って受け入れようとしなかった。

 殿様が一度こう言い出したら絶対に私の言うことを聞かないのは、私もこのテレビ局で指導してきた1年と10カ月の間で気づいていた。
 「カンボジア流」にこだわる殿様には、殿様なりのプライドがある。
 それは私も十分承知している。

 しかしそれでは、収録する技術スタッフだって、制作スタッフだって一体何時までにどんな準備をすればいいのか分かるはずがない。混乱が避けられないのは目に見えていた。

 この難局を突破するにはジョッキーさんのあのマジックしかない・・・。
 ジョッキーさんは本当に相手にプレッシャーを与えない人だ。
 笑顔とともに柔らかい言葉で相手の心を掴みながら、的確な表現で説得していく。
 カンボジア流にこだわる殿様を説得できるのはジョッキーさんしかいない、と私は確信していた。

 空港からの道すがら、私はジョッキーさんに今の問題点を説明した。

 「分かった」といつもの笑顔でジョッキーさんは頷く。
 「ジュンコ、一つひとつ解決していこう」とジョッキーさんは私に言った。
 本当に心強い。

■コンテストのスケジュールをめぐる攻防


●立場の違う3者が集まっての全体会議(撮影:Tann Sokly)

 そして、その日の午後――。

 MCOTスタッフを交えて、国営テレビ局の主な技術スタッフ、制作スタッフそして参加大学を指導する教員たちが一同に会する、初めてにして最後の会議が始まった。

 まずは殿様が、コンテスト当日の全体の流れを全員に説明する。
 ジョッキーさんはにこやかにうなずきながら一つひとつメモを取っていた。
 そして全部の説明が終わると、まずこう言った。

 「ミスター・パン・ナッ。
 素晴しい準備です。
 よくここまで準備したと思います」

 そしてこう切り出した。

 「ただ、問題点があります。
 まず、コンテストの進行の時間が書かれていない。
 これだと時間の管理ができません。
 コンテストが大幅に遅れてしまった場合、どう巻き返すのか、誰も分かりません。
 ですからタイミングを細かく入れませんか?」

すると、殿様、
 「ジュンコさん、1チームの持ち時間は何分だったっけ? 忘れちゃったんだけど・・・」

 え~! 殿様、忘れちゃったの~?

 ということで、チームの呼び込みと紹介に1分、スタートまでの準備に30秒、各チームのレースの制限時間は最大2分、レース後の簡単なインタビューと退場に1分を想定していることを発表。

 1チームにかかる時間は4分30秒、参加チームは全部で44チームなので、午前中1回、午後1回、全員が走行するのに必要な時間は、最長でそれぞれ3時間15分程度である。

 つまり開会式が終了する午前9時半からレースをスタートさせると、最長で12時45分までかかる想定だ。
 昼食休憩は、その間にもろもろの調整もあるため1時間以上必要。
 だとすると午後のレースを始めるのは早くて2時である。

 だから、そういうことを今この場で決めなければ、参加する100人近い学生も、招待しているスポンサーやドナーなどのゲストも、テレビ局のスタッフも昼食休憩でスタジオを離れたら最後、皆バラバラに帰ってきて混乱の原因になる、と私は言った。

■カンボジア流「時間管理」で大丈夫なのか・・・?


●“松平の殿様”(右)に粘り強く説得を続けるジョッキーさん(左手奥から2番目、撮影:Tann Sokly)

 ところが、相変わらず「時間」に関して殿様は全く譲歩しない。

 「いや、タイムレースなんだから、速いチームは2分もかからないでしょう。
 だったら全体は早く終わる。
 だから、その基準でスケジュールをここに書いても意味がない」

 それは確かにその通りなのだ。
 盤上の白いコースラインをフォローしてロボットが走り、それをつつがなく走りきって、例えばそれが1分もかからないこともある。

 しかし、コースラインから逸れてしまったり、止まってしまえばそれはアウトとなり、もう一度スタートラインからスタートさせなければならない。
 その行為を繰り返せる制限時間が2分ということなのだ。

 だから、予想される最も長い時間を目安として書き入れておいて、もし時間が巻いてきたら(早まってきたら)、それはそれで調整すればいいと考えるのが日本人のスタンダードだし、ジョッキーさんもそう考えている。

 ところが、目安を書いても意味がない、と殿様は言いたいらしいのだ。

 時間に関してカンボジア人はあまり頓着しない。
 例えば要人が出席する式典では、要人が何時間(何分ではない)もスピーチしていたりする。
 だから何時に終わるのか誰も分からない。
 でも、カンボジア人はそれでも何とかしてきたのだから、何とかなる、と殿様は考えているらしいのである。

 さすがのジョッキー・マジックもどうやらカンボジア人の時間管理の概念までは覆せなかったようだ。

 分かった、と私は言い、

 「確かに殿様の言うとおりです。
 では、とにかく午前中のレースが終わったら、1時間ぐらい昼食休憩を取って、それで再スタート時間をその場で決めましょう」

 「ただし、殿様、大事なのは、午後何時から再スタートをするのか判断して、その場で全員にきちんと告知することです。
 それはフロアマネージャー(スタジオを仕切るチーフスタッフ)の役割になりますが、それは誰がやりますか?」

 と殿様に訊ねた。すると殿様は、こう言った。

 「私が判断して、私が皆に告知します」

 え~!? 殿様がフロアマネージャーやるの?


●この日、参加学生に贈る殿様こだわりのお土産もでき上がった

 ま、もうここまで来ても、他のスタッフは誰も細かいことは把握していないのだから、殿様がやるしかないか。
 まあ、それがカンボジア流だったら、そのやり方に従うしかない。

 ところで、このちょっとした諍いの間、他のスタッフはハラハラして見守っていたかと言うと、そうでもない。

 技術スタッフは技術スタッフで自分たちのパートの話をしているようだったし、先生たちは先生たちで自分たちの話をしている。

 日本のようにシーンと静まり返った中でこの議論が行われたわけではなく、それぞれが勝手ににこにこ笑いながら別の話をしている雑音をBGMに、殿様と、ジョッキーさんと、私だけが真剣な表情で話していたのだ。

 これもまた、縦割り社会というのか、自由放任個人主義的というのか、不思議なカンボジアの風景なのである。

■“殿様”からの呼び出しで自分の立場を再認識

 ということで、午前中の会議が終わり、ジョッキーさんと私は、こっそりと話をする。

 「ジョッキーさん、時間のことは明日の会議でもう一度確認しましょう。
 そして、どうしても周知しないようだったら、対策をそこから考えていきましょう」

 すると、アシスタントのボラシーが私を呼ぶ。
 殿様が私を呼んでいると言うのである。

 急いで殿様の部屋に向かうと・・・、

 殿様はいつもの笑顔で私に訊ねた。
 「ジュンコさん、ええと、1チームの持ち時間は何分でしたか? 
 それで最長で午前中は何時に終わるんでしたっけ?」
と言って、計算機を取り出す。
 そして、「午後の再開時間は2時でいいんですよね?」

 なあんだ、殿様。やっぱり分かってたんじゃないの~!

 つまり、カンボジア・ロボコンのホストテレビ局である殿様のプライドの問題なのである。
 それは私も理解していたけれど、ついつい先を焦るあまり、いわゆる「根回し」としての会議にするのを忘れていたのだ。

 ということで、この切羽詰まった状態で、私はようやく自分の立場を再認識することになった。

 私はどちらの味方になるか?

 どんな立場で物を言うか?

 それは間違いなく、カンボジア国営テレビ局のアドバイザーとして、カンボジア国営テレビ局の立場に立って、物を言うべきだ。
 だから、まずは殿様の横にいて、常に殿様に向かって話をしよう。
 殿様と、周りの橋渡しはすべて私がやろう。

 恐らく、それがカンボジア、タイ、日本の国籍を超え、さらには、テレビ局、大学と立場の違う人々が集まって作り上げるこのプロジェクトでの、最も重要な鍵になるに違いない。

 ということで、翌27日にはリハーサルを前に、各大学の指導教員たちとMCOTチームも交えての、最後のルール確認会議が控えている。

 ところが、この会議もまた、予想もしない波乱を含んでいたのである。



JB Press 2014.04.14(月) 
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40417

最後の最後にやって来るカンボジア的主張の謎開催直前の大波乱で頭に血が上る
~カンボジアでロボコン!?(19)

 第1回大学対抗カンボジア・ロボットコンテスト(通称ロボコン)まであと2日と迫った3月27日。

 タイからの強力な助っ人、公共放送局MCOTのジョッキーさん一同と、2012年のABU(アジア太平洋放送連合)ロボコンの敢闘賞受賞チームであるトゥラキットバンディット大学のメンバーと私は、参加大学の1つであるPPI(プレアコソマ工科総合専門学校)に向かっていた。

 ここで、参加大学4校の指導教員たちによる最後の「ルールチェック」を行うためである。

■最終ルールチェックで飛び出した予想外の発言

 とにかく、カンボジア初のロボコンはあらゆることが初めてなので、トラブルだらけ。
 様々なスケジュールは遅れに遅れ、ルールの決定は最後の最後になった。

 ラインフォロワーという大まかなルールは決まっていたものの、スタートやゴールはどうするのか、計測タイムや1チームの持ち時間をどうするのか、などの細かいルールが最終的に決定したのは、テストランという形の「予選」が終了した3日後、コンテストのわずか11日前だった。

 しかし、その「予選」に、一番の優勝候補と目されていたITC(カンボジア工科大学)からは、なぜか1チームも出場しなかったのである。

 「予選」が終了したその場で私は、ITC以外のすべての指導教員と、その場にいた学生たちに、一つひとつのルールの確認をしていった。
 その結果決まったことは次のようなルールだった。
(以下は概略で実際はもっと仔細にわたっている)

1].1チームのスタートまでの準備時間は30秒、そこからロボットを走らせることができる制限時間は2分。
 ラインからはずれたり止まってしまうなどのエラーが起きた場合は、何度でもその制限時間内でやり直しをすることができる。

2].ロボットの走行時間のカウントは、ロボットの末尾がスタートラインを越えてから、ゴールラインをその末尾が越えるまでとする。

3].ゴールしたロボットは、ゴールラインからスタートラインまでの間でストップしなければ失格となる。

4].1秒以内の差はタイムキーパーの手動計測の誤差の範囲内とし、同着とする。

5].ロボットの走行は、全チーム共通で、午前1回、午後1回の計2回とする。

 これをNPIC(カンボジア国立工科専門学校)の指導教員にクメール語でまとめてもらい、それを英語に翻訳したもので私が2度ほど確認をとったうえで、全参加大学の指導教員には既にクメール語のルールブックを私からメールで配布。

 異論のある場合はメールで全員に返送してほしいとお願いをし、今までに1通も異論メールは来ていなかった。
 つまり、合意ができている、と思われていた。

 ところが、「予選」に出場しなかったITCの指導教員がいきなりこう言いだした。

 「私は、平松さんから◯◯と言うCPUを使ってもいいと聞いていた。
 だからうちの学生はみんな◯◯を使っている。
 今、他の大学の先生に聞いたら、◯◯は使ってはいけないと聞いていたから使っていないと言う。
 どっちなんだ?」

■予選不参加校の“後出しジャンケン”的主張の連続で紛糾


●騒然となったルール確認会議(写真撮影: Tann Sokly)

 へえ?

 技術分野のサポートをした平松さんは、ご家族の都合で昨日から日本に一時帰国されている。
 だから、平松さんが個別にどういう話をしたのかは全然分からない。
 それに、CPUの話をされても、理科系オンチの私にはちんぷんかんぷんなのだ。

 他大学の先生たちも騒然となった。
 しかし、いくら騒がれても、私に分からないことは、私には決められない。
 どうしようか? と思案していたら、隣にいたジョッキーさんが私にそっと耳打ちした。

 「ルールブックに書いてないことは自分たちで決めさせればいい。
 ルールというのは、そもそも『こういうことはしてはいけない』ということを書くものなんだ。
 だから書いてないということは、してもいいってこと」

 なるほど~! さすがジョッキーさんなのだ。

 そこで私は、
 「あのねえ、平松さんが何と言ったのか、今はいないんだから私にも分からないのです。
 だからね、ルールブックに書いてないってことは、いいってことなんじゃないの?
 とにかく、ロボコンは私の大会じゃなくて、あなたたちの大会なんだから、自分たちで話し合って決めてください」
と言い放ち、しばらく放っておいた。

 以前も紹介したが、ITCはカンボジアの東工大と呼ばれる存在だ。
 だから非常にプライドが高い。
 他の3校は労働訓練省の管轄であるが、ITCは教育省の管轄だ。
 恐らくそういうエリート意識もあるのだろう。

 とにかくコンテスト2日前になって彼らが主張することは、自分たちがこれまで作ってきたロボットで勝利できるようなルールや環境を何とか手に入れたい、という意識から発せられているように私には見えた。

 侃々諤々の議論が続き、ようやく一番年長で穏やかなNTTI(国立技術訓練専門学校)の指導教員が、
 「とにかく、今回は1回目なんだから、何でも経験と思ってやってみましょう。
 次にどうするか決めればいいじゃないですか」
と言って、何とかまとめたようだった。

 民主主義には時間と手間がかかるのである。

 特に前回も書いたが、カンボジア人には「自分には関係がない」と思っているうちは何に対しても全く興味を示さない「自由放任個人主義」的傾向があるのだが、いったん自分に関係があると気づくと、徹底的に自分の意見にこだわるようなのだ。

 しかも、コンテストは明後日なのである。
 なんでこんな根本的な議論を今さらしなければいけないのだ、と半分うんざりして私は議論を眺めていた。

 その後も「予選」に来なかったITCは、一つひとつ細かいことを確認した上で、それに反対する自分たちの意見を強く主張した。

■ついに堪忍袋の緒が・・・

 議論が2時間を過ぎた頃、ルールのこともどうやら何とかまとまりそうだし、これで一安心、と思ったその時である。
 またしても、ITCの指導教員が私に尋ねてきた。

 「競技盤の高さはどのぐらいですか?」

 え! 競技盤の高さ? 
 はあ、なるほど、ITCは予選に来なかったからね、分からないのも当然だよね。
 ということで、高さ50センチぐらいであることを伝えた。
 実は、競技盤の周りにはスポンサーになってくださった企業のロゴを配置するために、この高さになったのである。

 ところが、ITCはこう言ったのだ。

 「それじゃあ、ラインを外れたロボットは落ちて壊れちゃうじゃないか。
 床の高さに今から直してくれ」

 これにはさすがの私も呆れてしまい、思わずこう切り返してしまった。

 「あなたは今がコンテストの2日前だということが分かっているのか? 
 今文句を言うのなら、なぜ予選の時に確認に来ない? 
 今からスポンサーのロゴをはずせというのは、企業に協賛金を返せということなのだ。
 だったら大会は開けない。
 今さらそんなことを言うのは遅すぎる」

 いつもならば、一拍置いて、どう彼らに説明すれば分かってもらえるかを考える私であるが、さすがにこの時はかなり強い調子で反射的に言い返してしまったからだろう。
 ジョッキーさんが私の手を握りしめて、こう言った。


●ジョッキーさんのおかげで何とか落ち着きを取り戻した私(写真撮影:Tann Sokly)

 「ジュンコ、気持ちは分かるけど、落ち着いて、落ち着いて」

 ジョッキーさんがいなかったら、私は決定的な一言をITCの教員に言っていたかもしれない。

 特に、ITCが「予選」に参加しなかったことで、他の3校の負担が増えたにもかかわらず、3校の教員たちは本当によく働いてくれていたのが分かっていただけに、どうしてもITCの主張を黙って聞き入れるわけにはいかなかったのである。

 結局、競技盤問題も何とか周りに2センチ程度の柵を作るということで全員の合意を得、長く手間のかかる最後の「民主的手続き」は終了した。

 国営テレビ局副局長の“殿様”も、大学関係者もそうだが、カンボジア的主張は最後の最後にドカンとやって来る。
 恐らく、MCOTのジョッキーさんの精神的な支えがなければ、私はこの「最後のドカン」に耐えられずに、爆発していたことだろう。
 そうなったら、何カ月もかけて準備してきたすべてが水の泡になるところだった。

■コンテスト開始2時間前に発生した問題

 ということで、いよいよ、というのか、ようやくというのか、ロボコン当日の3月29日がやって来た。

 前日の夜、参加チームと学生の登録フォーム、審査員の採点表、さらにタイムキーパーがそれぞれのチームのタイムを書き込むスコアシートを、国営テレビ局の担当スタッフと確認、すべて必要部数プラス2部ずつコピーさせて、要所要所にスタンバイさせていた。スタジオには、5メートル×3メートルの大型LEDモニターも設置された。


●“殿様”肝いりのLEDモニターも設置された(筆者撮影)

 担当スタッフは全員朝7時にはスタンバイ。
 入賞者に渡す殿様こだわりのトロフィー、認定証、学生たちへのおみやげも運び込まれ、アシスタント役の女性スタッフたちは皆華やかに着飾り、メイクも入念に済ませていた。
 あとは7時半からの参加学生たちの登録開始を待つばかりである。

 と、その時、タイのトゥラキットバンディット大学のインストラクター、トンが私にこう言った。

 「ジュンコ、タイムを書き込むスコアシートを見せてください」

 私は、ワードで作ったスコアシート表をトンに見せる。すると・・・、

 「ジュンコ、これでは間に合いません」

 えっ、間に合わない? どういうことなのだ?

 トンが言うには、スコアは紙に手書きで書き込むのではなく、パソコンに入力して、それによって順位がソートされなくては午前中の第1回目走行が終わった後、ランチタイムの短い時間では集計できない。
 だからスコアシートはエクセルで作るべきだということなのである。

 うーん、なるほど。
 理屈は分かる。
 しかし、私はとにかく番組の予算書以外でエクセルを使ったことなどないのである。
 自分でエクセル表を作ることなどほとんどできない。
 ましてや、ソートのやり方なんか全く分からない。
 私だけではなく、国営テレビ局のスタッフだって誰一人としてそんなことができる人間はいない。

 開会時間まであと1時間半・・・。どうする? どうなる? ロボコン当日。



JB  Press  2014.04.21(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40446

日本発のロボコン、ついにカンボジアで開会接戦そして予想外の展開に大歓声
カンボジアでロボコン!?(20)

第1回大学対抗カンボジア・ロボットコンテスト(以下ロボコン)当日、3月29日。開会式まで1時間半に迫った朝7時半――。


●参加学生の登録が始まった。手前は登録の手伝いをしてくれた青年海外協力隊の山口裕代さん(筆者撮影)

 続々と、参加学生たちがカンボジア国営テレビ局の第1スタジオにやって来た。
 参加チーム数41、参加学生は84人。

 スタジオ裏の「ピット」と呼ばれるロボットの調整を行う場所に自慢のロボットを大切そうに携えて集まり、テスト走行用の競技盤で皆、実に楽しそうに最終チェックを始めている。

 お手伝いを自主的に申し出てくれた青年海外協力隊の5人も集合し、カンボジア国営テレビ局、タイのテレビ局MCOT、タイ・ロボコンのチャンピオンチームDPU(トゥラキットバンディット大学)のメンバーたち、そしてカンボジア国内の各参加大学、これら混成チームによるカンボジア初のロボコン、いよいよスタートである。

■タイのロボコンチャンピオン、開会式直前の大活躍

 しかし・・・スタジオではまた新たな問題が起こっていた。

 タイのロボコンチャンピオンチームのインストラクター、トンが、私が予め作成していたワードによるスコアシートでは集計が間に合わないから、エクセルでスコアシートを作り直した方がいいと言うのである。

 スタジオには計3台のノート型PCがあったが、1台は各ロボットの走行スピードを計るための秒数カウント表示用に、そしてもう1台はその秒数と連動して各チームの順位が表示されるランキング表示用に既に準備へと入っていた。
 残っているのは、私の日本語表示のノートパソコンしかない。

 しかし、私はエクセルで複雑な表など作ったことがない。
 どうしようか・・・と考えあぐねていると、トンはにっこり笑ってこう言った。

 「ジュンコ、大丈夫。ぼくがあなたのPCで作りますから、日本語で指示が出たら、それを英語に訳してください」

 早速トンは私のパソコンを使い、私が予め作っておいたワードの表からコピーして次々と数式を打ち込み始めた。
 しかし、そもそも理系オンチの私に、数式に関わる日本語すら分かるはずもない。

 「◯◯を参照」と表示される。
 なんだろう、数学用語の参照って(そもそも数学用語なのかもわからない)。
 「Reference?」とほぼ直訳でトンに伝える。
 すると、トンは「ああ〜」と頷いて素早くキーボードを操作し入力。
 すると表がぱっと切り替わる。成功だ!

 何度か私のあやふやな翻訳と、トンの抜群のエクセル操作が繰り返され、何と十数分で、秒数を入力すると自動的にその時点での順位が表示されるスコアシートが完成した。

 さらに、トンはこのエクセル表とランキング表示システムが連動できるようにそれぞれPCを微調整し、自らのパソコンも組み合わせてタイムキーパーたちに最も負担が少ないシステムを組み上げた。

 とにかく、タイのロボコンチャンピオンであるDPUチームは、パーツ調達で大活躍したプイもそうだが、ロボコンに関するあらゆる知識とスキルを持っているのだ。

■イベント収録の鉄則をめぐる“殿様”との一悶着

 ようやくスコアシートも完成して、私のPCは本来の役割のテストを始めることになった。
 このPCには、コンテストの参加チームのための準備時間30秒のカウントダウンとそれに引き続く2分間の持ち時間を音声で表示する、いわば「効果音」が入っているのである。

 これがないと各チームがコンテストの持ち時間を知ることができないし、何より会場がまったく盛り上がらない。

 私は、カンボジア国営テレビ局副局長の通称“松平の殿様”に、この効果音操作専従のスタッフを付けてほしいとお願いしていたのだが、未だに担当者は決まっていなかった。


●スタジオ裏のピットで最終調整をする参加学生たち(撮影:清水千恵実、以下同)

 毎回のレースの度に操作しなければならないのだから、何かをやりながらできる仕事ではない。

 ところが、殿様はこう言ったのである。
 「スタッフがいないからジュンコさん、やってください」

 はあ?
 殿様、それはいくらなんでも無理だ!
 私は、常に全体を見ておかなければならない。
 何かトラブルが起こった時に真っ先にそれを判断し、どう対処するか決めなければならないのは、殿様と私だ。

 効果音操作も大切な仕事だが、私でなくてもできる。
 そういう仕事は他のスタッフにやってもらってくれ、と私はいつにない強い調子で殿様に訴えた。

 こういう大人数が動くイベント収録は、時間と判断の闘いである。
 命令系統が乱れれば、大混乱が起こって収拾がつかなくなる。
 だから、決断する人間は少ないほうがいいし、決断する人間は現場を離れてはいけない。
 これはテレビ収録の際の鉄則である。

 ところが、殿様たちはそういう場数を踏んでいないから目先のことに注意を奪われてしまい、それに対処しようとするあまり、すぐに現場を離れようとする。

 事実、本番が終わるまでの間、次から次へと「あれはどうなってる?」「これはどうなっている?」と、テレビ局スタッフが入れ代わり立ち代わり私のところにやって来ていた。

 私はそのたびに殿様の許可を取り、スタッフを動かして一つひとつ解決していった。
 今となっては何が起こっていたのか記憶にないほど、あらゆるところで様々なトラブルが起ころうとしていたのである。

■画像が逆さま! スイッチャーのもとへ走る

 さらにもう一つ気になっていたことがあった。
 現場のカメラ、特に競技盤を俯瞰で撮影するクレーンカメラがひょこひょこと意味なく動いているのである。
 見ている人間には不安定この上ない動きだ。
 タイのテレビ局MCOTの心強い助っ人、ジョッキーさんもそれに気づいているようで、私のところにやって来た。


●クレーンカメラをチェックするジョッキーさん(右)

 「ジュンコ、クレーンのカメラが良くないね。
 固定させてしまった方がいい。
 それと、天地が逆だ。
 ほら、見てごらん」
と言って、モニターを指差す。

 確かに! 
 他の段取りばかりで気づかなかったが、他のカメラとスイッチングすると、これだけ画像の天地が逆さまなので一瞬ロボットがどこにいるのかよく分からない。
 さすがジョッキーさんである。

 ということで、私とジョッキーさんは急いでスタジオのサブ(副調整室)に向かった。
 そして、サブに座っているスイッチャー(スタジオの4台のカメラマンに指示を出し映像の切り替えを行う、撮影のみならず技術の責任者)に、ジョッキーさんが英語で説明する。

 スイッチャーというのは、洋の東西を問わずプライドが高い。
 日本でもディレクターの言うことを聞いてくれないベテランスイッチャーはたくさんいる。

 しかも、この国営テレビ局のスイッチャーは、殿様よりも遥かに年上で古株の一人である。
 果たしてタイからやって来た「他所者」のジョッキーさんの言うことを聞いてくれるのか?

 ジョッキーさんはいつもの笑顔で、英語で丁寧に説明する。
 そもそも、このスイッチャーが英語を理解するのかどうかも分からない。

 無表情で聞いていたが、ジョッキーさんの言葉が終わると頷き、何やらクレーンカメラマンに指示を出している。
 そして、ほどなくカメラの天地が入れ替わった。
 やはり、ジョッキー・マジックだ!

■第1回戦の意外な展開に会場が沸く

 こうして、あっという間に開会式の時間が迫ってきた。

 不思議なことに、直前までバタバタしていても帳尻が合ってしまうのがカンボジアである。
 スポンサーやドナーとなってこのロボコンを支えてくださった日系企業や個人の皆さん、政府要人、大学関係者、日本大使館、JICA(国際協力機構)、そして審査員などが集合し、予定通り9時に開会式が始まった。

 とにかく、開会式と閉会式はコンテスト本体よりも大事なカンボジアの儀式である。
 これをつつがなく終えること、それこそが殿様にとっての第一関門なのだ。


●参加大学の代表が集まっての開会式

 まずは、各出場大学の代表者6名ずつが登壇しての出場チーム紹介、それに引き続き来賓の皆さんの紹介、国営テレビ局局長の挨拶、そして国営テレビ局の上部組織である情報省長官の挨拶もほぼ時間通りに終了。

 スピーチライターとして2人のお偉いさんのスピーチの草稿を書いた殿様は満足そうだ。

 そしてほぼ定刻の9時半、
 最初の参加チームの登場とともに、
 カンボジア初のロボコンがスタートした!

 出場チームは4大学から全部で40チーム、それに個人参加の1チームを加え、参加学生総勢84人が作ったロボットが、縦2.4メートル、横3.6メートルの盤の上に描かれた白い曲線の上を走り、その走行時間を競うライントレースと言う最も単純なレースである。

 1チームに与えられた時間は準備に30秒、走行限度時間が2分。
 2分以内であれば、ラインからはずれたり、途中でストップしてしまっても、スタートラインから何度でもトライできる。
 そして最も早くゴールに辿り着いたチームが、午前1回、午後1回、合計2回のレースの合計タイムでの優勝者となる。

 1回戦のレース前半、全部で14チームという最多数のチームを出場させ、優勝候補と目されていたITC(カンボジア工科大学)のあるチームが1分を切る45秒のタイムでゴール。

 そこに、ITCの対抗馬と見られていたNPIC(カンボジア国立工科専門学校)のあるチームが42秒を叩き出す。
 ここからレースは一気に40秒台の争いとなり、数チームが40秒台前半で並ぶ接戦となり、会場を沸かせる。

 ところが1回戦の中盤過ぎに登場したNPICのあるチームがぶっちぎりの27秒でゴール! 
 見た目にも明らかに違うスピード感で、一気に優勝候補へと躍り出たのだ。

■カンボジア人は負けると分かると帰ってしまう?


●カンボジアの若手カメラマンに撮影指導をするタイMCOTのカメラマン(右)

 各大学からの参加学生、サポーター、来賓も、予想もしなかった展開にスタジオは興奮と熱狂に包まれた。
 私自身も年甲斐もなく何度も歓声を上げてしまったほどだ。

 こうして、1回戦は予想もしなかったスピードレースとなり、昼食休憩を迎えた。

 しかし、私には一つ気がかりがあった。

 当初、ロボコン開催を進めるにあたって、殿様をはじめとするカンボジア人が一番心配していたのは、
 「カンボジア人は勝負事となると真剣になってしまうので、負けると分かった瞬間に出るのをやめてしまったり、途中で帰ってしまったり、ふてくされたりする」とか「負けたら、嫌がってインタビューに答えようとしない」
といったネガティブなことだった。

 本当にそうなのかな?

 そうだとしたら、コンテストは優等生ばかりの戦いになってしまって面白くないな、と私は思っていた。
 ジョッキーさんも、
 「ロボコンは、勝った学生が主役ではなくて、負けても、また次回チャレンジしたいと思わせるもの。
 負けた学生こそ主役なのだ」
と言い続けていた。

 1回戦が終了した時点で、参加したチームのうちほぼ半分が制限時間内に完走できていない。
 1回戦が終了し、ランチタイムを挟んだら最後、負けた学生の大半は帰ってしまうに違いないと言っていた殿様の言葉が頭をかすめる。

 うかつにも、登録担当のスタッフには2回戦のチーム数のチェックまで指示していない。
 参加チームの数が変われば、混乱は避けられないし、何よりここまで盛り上がってきた大会の雰囲気が台無しである。

 果たして、2回戦が始まるまでに何組のチームが残ってくれているだろうか・・・。
 レース再開まであと1時間――。


<続きは下記で>
【ある日突然降って湧いたカンボジアで「ロボコン」!?=その5  終わり(21)】

*本連載の内容は筆者個人の見解に基づくもので、筆者が所属するJICAの見解ではありません。

金廣 純子 Junko Kanehiro
慶 應義塾大学文学部卒後、テレビ制作会社テレビマンユニオン参加。「世界・ふしぎ発見!」の番組スタート時から制作スタッフとして番組に関わり、その後、フ リー、数社のテレビ制作会社を経てMBS/TBS「情熱大陸」、CX/関西テレビ「SMAP☓SMAP」、NHK「NHKハイビジョン特集」、BSTBS 「超・人」など、主にドキュメンタリー番組をプロデューサーとして500本以上プロデュース。
2011年、英国国立レスター大学にて Globalization & Communicationsで修士号取得。2012年より2年間の予定でJICAシニアボランティアとしてカンボジア国営テレビ局にてテレビ番組制作ア ドバイザーとして、テレビ制作のスキルをカンボジア人スタッフに指導中。クメール語が全くわからないため、とんでもない勘違いやあり得ないコニュニケー ションギャップと格闘中…。2014年3月にカンボジア初の「ロボコン」開催を目指して東奔西走の日々。